Oṁ namo bhagavate vāsudevāyaの解説, BHAGWATAM, CHANTING、マントラ, KRISHNA, PRABHUPADA, SPIRITUAL MASTER, SPIRITUALITY, クリシュナ , クリシュナ意識, グル, シュリーマド・バーガヴァタム, シュリーラ・プラブパーダ, スピリチュアリテ, スピリチュアル

Similar Posts

  • | | | | |

    愛と信仰をもってクリシュナに仕えましょう!

    私たちの原則は、愛と信仰を持ってクリシュナに熱心に奉仕することです。そして必要なものは全て、何の困難もなくもたらされるでしょう。困難。 皆さんは誠実な信者なので、私は確信しています。あなた方は皆、誠実な献愛者ですから、活動を通してクリシュナの偉大な援助を感じていることでしょう。そして、奉仕すればするほど、クリシュナ意識の中で自分がいかに進歩しているかを知ることになるでしょう。同じ例を繰り返さなければなりませんが、空腹の人が食材を与えられると、自動的に飢えの満足、力強さ、喜びという3種類の兆候を感じます。ですから、このクリシュナ意識運動は、主への誠実な奉仕に基づいています。私たちは常にこのことを忘れてはならない、そしてそうすれば成功は確実です。 (Srila Prabhupada Letter, July 15, 1969)

  • | | | | | |

    神の定義 | 自己を悟るための科学

    すべてのヴェーダを編纂したヴャーサデーヴァの父である大聖者パラーシャラ・ムニは、神の定義について次のように語っています。 aiśvaryasya samagrasyavīryasya yaśasaḥ śriyaḥjñāna-vairāgyayoś caivaṣaṇṇāṁ bhaga itīṅganā                                     (『ヴィシュヌ・プラーナ』第6編・第5章・第 47 節) このように、パラーシャラ・ムニの定義によれば、バガヴァーン・最高人格主神は、6つの富――完全な力、名声、財富、知識、美しさ、放棄心――をそなえた方です。        バガヴァーン・最高人格主神はすべての富を持つ方です。金持ちはいくらでもいますが、すべての財産は私のものだ、といいきれる人はいません。また、私より裕福な人間はこの世にいない、とも言えません。ところが『シュリーマド・バーガヴァタム』を読むと、クリシュナは地球にいたころ、16,108 人の妃と結婚していたこと、そのすべての妃が、宝石できらびやかに飾られた大理石の宮殿に住んでいたことがわかります。それぞれの部屋は象⽛や⻩金でできた家具がならべられ、どこを見まわしてもすばらしい富にあふれていました。そのような描写が『シュリーマド・バーガヴァタム』に鮮やかに述べられています。歴史を見ても、16,108 人の妻と 16,108 の宮殿の所有者だった人間はひとりもいません。さらにクリシュナは、毎日妃を替えていたわけではありません。同時に、すべての宮殿に住んでいました。16,108 の姿にみずからを分身させていたのです。とても俗人にできることではありませんが、神にとってはなんでもないことです。神は無限なる方ですから、みずからを無限の姿に拡張します。それができなければ「無限」という言葉の意味がありません。神は全能者です。1万6千の妃はおろか、1億6千万の妃さえも苦もなく養えます。さもなければ「全能者」という言葉は意味をなしません。     神にはそのような魅力的な様相があります。この世界でも、裕福な人はとても魅力的に 見えます。たとえばアメリカのロックフェラーやフォードは、膨大な財産を持っているか らとても魅力的に見えます。世界中の全財産を持っているわけでもないのに、それほど魅 力的に見えるのです。では、世界中の財富をすべて持つ神が、どれほど魅力的か想像さえできません。        またクリシュナは、生まれた瞬間から無限の力をそなえています。まだ生後3カ月のとき、主を殺しにきた魔女プータナーは逆に主に殺されました。それが神です。神は最初から神。瞑想や神秘的力で神になったのではありません。クリシュナはそのような神ではありません。生まれた瞬間から神なのです。        主クリシュナは無限の名声を持っています。もちろん献愛者は主についてよく知り、主の御名を唱えていますが、献愛者ではなくても『バガヴァッド・ギーター』の名声をよく 知っている人は世界中にたくさんいます。世界中のすべての哲学者、心理学者、宗教家が 『バガヴァッド・ギーター』を読んでいます。私たち献愛者も『バガヴァッド・ギーター・あるがままの詩』をたくさん販売しています。売っている商品が嘘偽りのない純金だから です。『バガヴァッド・ギーター』はたくさん訳されていますが、どれも純粋ではありませ ん。私たちの『バガヴァッド・ギーター』はよく売れています。ありのままに説明してい るからです。『バガヴァッド・ギーター』の名声はクリシュナの名声でもあります。 …

  • |

    ダーモーダラ遊戯

    「愛しいクリシュナ。あなたは、いたずらをしたときにヤショーダーにひもで縛られました。当惑しきったその目から涙があふれ、まつげ染めが頬をつたいました。恐れの権化でさえ恐れるあなたが、それほどこわがっておられたのです。私はこの情景に困惑するばかりです。」シュリーマド・バーガヴァタム(第1篇・第8章・第31節) シュリーラ・プラブパーダによるシュリーマド・バーガヴァタム(第1篇・第8章・第32節)講座 12日10月1974年 クリシュナでさえ、母ヤショーダを恐れている。なぜですか?母ヤショーダがなぜクリシュナを束縛しようとしたのでしょうか?母ヤショーダがクリシュナに奉仕するのをクリシュナが邪魔したからです。母ヤショーダは、「あなたはバターを割って、猿に配った。それではどうやって生きていくのですか?私はあなたのためにバターを取っておいたのです。あなたはそれを壊し、猿にバターを配った」。だから、目的はクリシュナに仕えることなのです。「私のバターはこの子供のせいで台無しです。だからこの子を罰するのです。」とヤショーダは、考えているのではない。 彼女は、「クリシュナはバターがなくて飢えることは無い。彼は子供です。彼はわかっていない。彼は猿にバターを配ったのです。」と心配しているのです。しかし、クリシュナは「これらの猿は普通の猿ではない」と知っています。あの猿たちは、ヴリンダーヴァンに生まれ、クリシュナのもとに来たのです。彼らは献愛者です。彼らは献愛者です。彼らはクリシュナの満足のために猿のふりをしているのです。これらは、クリシュナを理解するための大切な意味です。ですから、janma karma me divyaṁ yo jānāti tattvataḥ[Bg. 4.9]と、クリシュナは言っています。

  • | | |

    霊的な文献、シュリーマド・バーガヴァタムを読むことの浄化効果 – 欲望、怒り、渇望から解放される方法

    霊的な浄化について何度も耳にしたことがあるかと思いますが、霊的な浄化とは一体何でしょうか?シュリーマド・バーガヴァタムは、至高の霊的存在の音声化身、すなわち「シャブド・ブラフマン」として知られています。物質的な世界でも、無学な人が数年間、科学、社会学、言語などの本を学校や大学で体系的に学ぶことで、重要な専門職に就くことができるのを目にします。同様に、バクティヨガの超越的な領域には超越的な文献があり、それを読むことで私たちは霊的な存在(霊魂)として自己を浄化し、変容することができます。シュリーマド・バーガヴァタムは、すべての超越的な文献の中で最も熟した果実であり、最高の教育形態とされています。以下のシュリーマド・バーガヴァタムの抜粋から、この浄化がどのように行われるかを読んでみましょう。 SB 2.8.5 最高の魂である主クリシュナの音声化身、すなわちシュ リーマド・バーガヴァタム は、自己実現した献身者の心に入り、その愛情深い関係の蓮の花の上に座し、欲望や怒り、渇望といった物質的な連想の埃を清めます。それはまるで、泥水の池に降る秋の雨のように働きます。 解説 主の純粋な献身者一人が、世界中の堕落した魂を救うことができると言われています。ナーラダやシュカデーヴァ・ゴースヴァーミーのような純粋な献身者の信頼を得て、ナーラダがブラフマージーから力を授かったように、自らの精神的導師から力を授かった者は、マーヤー(幻想)の束縛から自らを解放できるだけでなく、その純粋で力強い献身の力によって全世界を救うことができるのです。泥水の溜まった池に降る秋の雨に例えるのは非常に適切です。雨季には、すべての川の水が濁りますが、7月から8月の秋の季節に少し雨が降ると、世界中の川の濁った水がたちまち澄んでしまうのです。化学薬品を少し加えれば、大都市の水道タンクのような小さな貯水池の水を澄ませることはできますが、そのような小さな努力で川のような大きな貯水池の水をすべて澄ませることはできません。しかし、主の力強い純粋な献身者は、自分自身だけでなく、その周りにいる多くの人々をも救うことができるのです。 言い換えれば、経験的知識の修養や神秘的な体操法といった他の方法で汚れた心を浄化しても、自分自身の心を浄化することしかできませんが、主への献身奉仕は非常に強力で、純粋で力強い献身者の献身奉仕によって、一般の人々の心を浄化することができるのです。ナーラダ、シュカデーヴァ・ゴースヴァーミー、チャイタニヤ主、六人のゴースヴァーミー、そして後のシュリーラ・バクティヴィノーダ・タークラ、シュリーマド・バクティシッダーンタ・サラスヴァティー・タークラなどのような主の真の代表者は、その力強い献身奉仕によってすべての人々を救うことができるのです。 シュリーマド・バーガヴァタムを誠実に聞く努力をすることで、奉仕、友情、父性愛、または夫婦愛という超越的な情感の中で、主との本質的な関係を悟ることができ、そのような自己実現によって、すぐに主への超越的な愛の奉仕に身を置くことができるのです。ナーラダのような純粋な献身者たちは皆、自己実現した魂であっただけでなく、霊的な衝動によって自動的に説教活動に従事し、そうして物質的な様式に絡め取られた多くの哀れな魂を救ったのです。彼らは、定期的に聞き、礼拝することによってバーガヴァタムの原則に誠実に従ったため、そのように力強くなったのです。そのような行為によって、蓄積された物質的な欲望などが、心の中にいる主の個人的な努力によって浄化されるのです。主は常に生命体の心の中にいますが、献身奉仕によって顕現されるのです。 知識の修養や神秘的ヨガによる心の浄化は、個人にとっては当面の間は良いかもしれませんが、それは化学的プロセスによって少量の淀んだ水を浄化するようなものです。そのような水の浄化は一時的には効果があり、沈殿物も沈みますが、少し動揺すると再び泥だらけになってしまいます。つまり、主への献身奉仕こそが、心を永久に浄化する唯一の方法なのです。他の方法は一時的には表面上良いかもしれませんが、心が動揺すると再び泥だらけになる危険性があります。主への献身奉仕、特にシュリーマド・バーガヴァタムを定期的に、そして常に注意深く聞くことは、幻想の束縛から解放されるための最良の推奨される方法なのです。 Nityam Bhagavat Sevaya の機会: 毎朝、シュリーマド・バーガヴァタムをシュリラ・プラブパーダから聞く機会を提供しています。20分間の講義を聞いた後、毎朝6時45分、クラブハウスアプリの超越読書クラブで。10分間のディスカッションを行います。 今すぐスリマッド・バグヴァタムを手に入れよう。

  • | |

    主イエス・キリストと至高主クリシュナの類似性について

    主イエス・キリストと至高主クリシュナ その1 世界で最も読まれている超越的であり、スピリチュアルな経典である『旧新約聖書』と『バガヴァット・ギーター』は、常に私達に大きな甘露の恩寵を与えてくれます。 この小論文は、主イエス・キリストと至高主クリシュナの福音が根本的に大きく一つであることを見出す為に役立つことが出来るでしょう。どうぞ、これらの主の吉兆なる恵みの教えが永久に広まり、全世界に主の崇敬と栄光の限りを築かんことを願って。 ハレークリシュナ・ハレークリシュナ・クリシュナ・クリシュナ・ハレー・ハレー ハレー・ラーマ・ハレー・ラーマ ラーマ・ラーマ・ハレー・ハレー ※聖書からの引用は2017年版の『新改訳聖書』に拠ります。BGに関してはシュリーラ・プラブパーダの『バガヴァット・ギーター あるがままの詩』を用います。 1.神の御名を賛美する -引用開始- 謙虚さ、傲慢でないこと、非暴力、寛容、実直 真正な精神の師に近づくこと、清潔さ、不動の精神 自制、感覚を満たす対象から心を引き離すこと 誤った自我意識を捨てること 生老病死を苦厄とみなすこと 無執着、妻子や家庭に愛着しないこと 快・不快の状況下でも冷静であること 私に対して不動かつ純粋な献身的姿勢であること 人里離れて独居を望むこと 世間の人々に執着を持たぬこと 自己を悟ることの重要性を認めること 絶対真理を哲学的に探求すること 以上が知識の本質であり これ以外はすべて無知であると私は明言する。 ―解説― ……クリシュナ意識は非常に簡単な方法であるからだ。 すべきことはただ「ハレークリシュナ・ハレークリシュナ・クリシュナクリシュナ・ハレーハレー/ハレーラーマ・ハレーラーマ・ラーマラーマ・ハレーハレー」を唱え、クリシュナに捧げた供物を食べ、『バガヴァット・ギーター』や『シュリーマド・バーガヴァタム』のような本について話し合い、神像を崇拝するだけである。これら4つのことは人を倖せにする。(バガヴァット・ギーター13.8・9・10・11・12及び解説) × × ×   だから、こう祈りなさい。 『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。私達の負い目をお赦し下さい。私たちも、私たちに負いめのある人を赦しました。私たちを試みに会わせないで、悪からお救い下さい。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。〕(マタイによる福音書6・9~13)  -引用終わり-  主イエス・キリストは、ただ唯一絶対の至高人格主神たる全知全能の主に対して、純粋な愛によって仕える事を命じました(マタイ22・36~37)。それはバガヴァット・ギーターでも共通しています(BG12・6~7)。すなわち、バクティ・ヨーガ(信愛)、献身奉仕を教えたのです。  モーゼが授かった十戒には「神の御名をむやみに唱えてはならない」と書かれています(出エジプト20・7)。然し一方で、ダビデは全身全霊で神の御名を賛美せよとも命じています(詩編148・13)。これは一体どういうことでしょうか。全能の主は不完全だから矛盾した教えを出したのでしょうか。  違います。聖書は前後の文脈を注意して丹念に読むことが必要です。モーゼがこの十戒の石板を受け取る40日間の時、その事件は起こりました。全能の主に呼ばれて山に登ったきり一向に降りてこないモーゼに、エジプトを脱出したユダヤ人たちは呆れかえっていました。これだけ苦境の長旅を強いておいて、我々には何もしてくれない。そんな神を我々は信じない。そしてモーゼが降りてこない間、黄金の鋳造で子牛の偶像を創り、それを自分たちの全能の主として祀ったのです。  これには、あろうことかモーゼの兄であるアロンが率先して関わったのでした(主エジプト32・4-5)。そうです。あろうことか勝手に作り出した想像の空虚な神に“主”と名付けてしまったのです。  十戒の規則を改めて思い出してください。むやみに神の名を唱えてはならない。それは、我々人類が神の御名を口にしてはいけないというものではありません。全能の主唯お一人以外に神は無く、絶対的な至高人格神は存在しない。それ以外の神に対して、これこそが真なる全能の主であると勝手に名付けて宣言し、崇拝してはならないと命じているのです。  前述の主イエス・キリストの命じた祈りは、通称「主の祈り」といわれます。世界中のキリスト教徒(クリスチャン)達は毎週、いや、毎日唱えています。キリストは一貫して父なる創造主がもたらした規則を完璧に守りながら、当時の時代に新たな規則をもたらしたのです。  インドでも同じことが起ります。シュリー・チャイタンニャ・マハープラブです。彼は15世紀のインドに降誕し、神の御名を唱えて賛美するサン・キールタン運動を開始しました。『バガヴァット・ギーター』にもありますが、時代によって、求められる宗教的原則は規定されます。 -引用開始- わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。(マタイ5・17) × × ×   ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。 それは律法の下にある人々を獲得するためです。 律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが――律法を持たない者のようになりました。 それは律法を持たない者を獲得するためです。(Ⅰコリント9・20-21) × × ×   七四 このカリ時代は、聖なる御名の唱和以外の宗教的原則はない。これは全ヴェーダ賛歌の真髄である。これは全経典の意味である。(クリシュナ・ダース・カヴィラージ・ゴースワミによる『シュリー チャイタニャ チャリタムリタ』アーディー・リーラー第一巻 第七章 第七四節)  -引用終わり- 2.三位一体とクリシュナ意識 -引用開始- 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神とともにおられた。 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずできたものは一つもない。(ヨハネ伝1・1-3)…

  • | | |

    親愛なる弟子による説明

    「ロサンゼルスでは、多くの父親や母親が私のもとを訪れ、クリシュナ意識運動を世界中に広めたことへの感謝の気持ちを表してくれました。アメリカ人にとって、私がアメリカでクリシュナ意識運動を始めたことは非常に幸運だと言う人もいました。しかし実際には、この運動の本当の創始者はクリシュナ主自身です。この運動は遠い昔に始まり、師弟継承によって人類社会に伝えられてきたのです。もし私にこの点で何か功績があるとすれば、それは私個人のものではなく、私の永遠の精神的指導者である、オーム・ヴィシュヌパーダ・パラマハムサ・パリヴラージャカーチャーリヤ108シュリー・シュリーマド・バクティシッダーンタ・サラスヴァティー・ゴースヴァーミー・マハーラージャ・プラブパーダの御恩によるものです。」