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    シュリーマド・バーガヴァタム | 案内

    この『シュリーマド・バーガヴァタム』は、神の文学の化身であり、シュリーラ・ヴャーサデーヴァによって編纂された。この書物は万⺠の究極の幸福のためにあり、あらゆる⾯で成功し、あらゆる⾯で至福に満ち、あらゆる⾯で完璧である。 本当の幸福を求めるのであれば、至高主クリシュナを理解するための道を切りひらき、『シュリーマド・バーガヴァタム』のすべてのページに描写されている主の高潔な行動を理解したうえで、主を讃えなくてはなりません。

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    ヨガによる超意識の獲得

    超意識 – Super Consciousness – By Srilla Prabhupada(BTG article) クリシュナ意識は、訓練された献身的ヨギによって行われる最高のヨガの実践です。ヨガシステムは、バガヴァッド・ギーターでクリシュナ主が示した標準的なヨガ実践の公式や、パタンジャリのヨガ規律で推奨されているものとして述べられていますが、これは現在西洋諸国で一般的に理解されているハタヨガの実践とは異なります。 真のヨガ実践とは、感覚を制御し、その制御が確立された後、最高人格神クリシュナのナーラーヤナ形態に心を集中させることを意味します。クリシュナ主は原初の絶対的人格、神格であり、四本の手を持ち、法螺貝、蓮、棍棒、車輪で飾られた他のすべてのヴィシュヌ形態は、クリシュナの予備的な拡張です。 すでに述べたように、ヨガの実践は感覚を制御することを意味します。そして、感覚を制御することの始まりは舌を制御することです。舌にあらゆる種類の禁止された食べ物や飲み物を取らせながら、同時にヨガの実践を向上させることはできません。 多くの無許可で迷走した所謂ヨギたちが今西洋に来て、ヨガに対する人々の学びを搾取していることは非常に遺憾な事実です。そのような無許可のヨギたちは、飲酒をしながら瞑想を実践できると公然と言う勇気さえあります。5000年前のバガヴァッド・ギーターの対話で、クリシュナ主は弟子のアルジュナにヨガの実践を推奨しました。 しかし、アルジュナはヨガの厳格な規則と規制に従う能力がないことをはっきりと表明しました。あらゆる活動分野で実践的であるべきです。ヨガの名の下で単にいくつかの体操的な技を練習することに貴重な時間を無駄にすべきではありません。真のヨガとは、自分の心の中にある四本の手を持つ超魂を探し出し、瞑想の中で永遠にそれを見ることです。そのような継続的な瞑想はサマーディと呼ばれます。 しかし、もし空虚なものや非人格的なものに瞑想したいのであれば、ヨガの実践によって何かを達成するのに非常に長い時間がかかるでしょう。私たちは空虚なものや非人格的なものに心を集中させることはできません。真のヨガの実践は、すべての人の心の中に住む四本の手を持つナーラーヤナの人格に心を固定することです。時々、瞑想によって、自分が知らなくても神が常に自分の心の中に座っていることを理解するだろうと言われます。 神はすべての人の心の中に座っています。神は人間の心の中だけでなく、猫や犬の心の中にも座っています。バガヴァッド・ギーターは主のこの宣言でこれを証明しています。「イーシュヴァラ、世界の最高の支配者は、すべての人の心の中に座っています。彼はすべての人の心の中にいるだけでなく、原子の中にも存在しています。」空いている場所はありません。主の存在のない場所はありません。 主がどこにでも存在する特徴は、パラマートマンと呼ばれます。アートマンは個々の魂を意味し、パラマートマンは個々の超魂を意味します。アートマンとパラマートマンの両方が個々の人格です。それらの違いは、アートマン、つまり魂は特定の場所にのみ存在するのに対し、パラマートマンはどこにでも存在することです。 この関連で、太陽の例は非常に良いものです。個人は一つの場所に位置することができますが、太陽は特定の個別の実体であっても、すべての個人の頭上に存在します。バガヴァッド・ギーターではこれが非常にうまく説明されています。 したがって、主を含むすべての実体の性質は同じであっても、超魂は拡張の量によって個々の魂とは異なります。主、つまり超魂は、何百万もの異なる形に自身を拡張することができますが、個々の魂にはそれができません。超魂はすべての人の心の中に座っているので、すべての人の過去、現在、未来の活動を目撃することができます。ウパニシャッドでは、超魂は個々の魂と友人と証人として座っていると言われています。 友人として、彼は常に個々の魂を家に、神のもとに戻すことを切望しています。証人として、彼は個人の行動の結果としてのすべての恩恵を与える者です。超魂は個々の魂が望むものを達成するためのすべての機会を与えますが、最終的には他のすべての関与を放棄し、永遠の至福と知識に満ちた永遠の生命のために単に神に降伏するよう、彼の友人に指示します。 これがバガヴァッド・ギーターの最後の教えです。バガヴァッド・ギーターは、あらゆる形態のヨガに関する最も権威ある広く読まれている本です。 上述のように、バガヵッド・ギーターの最後の言葉は、ヨガシステムを完成させる問題における最後の言葉です。バガヴァッド・ギーターではさらに、常にクリシュナ意識に没頭している人が最高のヨギであると述べられています。 このクリシュナ意識とは何でしょうか?個々の魂が意識によって全身に存在するように、超魂、つまりパラマートマーは、その超意識によって全創造に存在します。この超意識は個々の魂によって模倣することはできません。 この超意識は、限られた意識を持つ個々の魂によって模倣することはできません。私は自分の限られた体内で何が起こっているかを理解することはできますが、他人の体内で何が起こっているかを感じることはできません。私は意識によって自分の体全体に存在していますが、私の意識によって他人の体に存在することはありません。しかし、超魂、つまりパラマートマーは、すべての人の中に存在し、どこにでも位置しているため、すべての存在を意識しています。 魂と超魂が一つであるという理論は受け入れられません。なぜなら、個々の魂の意識は超意識として機能することができないからです。この超意識は、個々の意識を超意識と調和させることによってのみ達成することができます。そして、この調和のプロセスは降伏、つまりクリシュナ意識と呼ばれます。 バガヴァッド・ギーターの教えから、アルジュナは最初、兄弟や親戚と戦うことを望んでいなかったことが非常に明確に分かります。しかし、バガヴァッド・ギーターを理解した後、彼の意識をクリシュナの超意識と調和させたとき、それはクリシュナ意識となりました。完全なクリシュナ意識の人は、クリシュナの指示に従って行動します。そのため、アルジュナはクルクシェートラの戦いに同意したのです。 クリシュナ意識の始まりでは、主のこの指示は透明な媒体である霊的指導者を通じて受け取られます。十分に訓練され、誠実な霊的指導者の指示の下でクリシュナへの従順な信仰と愛を持って行動するようになると、調和のプロセスはより確固としたものになり、正確になります。 この段階では、[クリシュナ]は内側から指示します。外側からは、クリシュナの正当な代表者である霊的指導者が献身者を助け、内側からは主がチャイトヤ・グルとして、すべての人の心の中に座って献身者を助けます。 単に神がすべての人の心の中に座っていることを理解するだけでは完璧ではありません。内側からも外側からも神を知り、そしてクリシュナ意識で行動することが必要です。これが人間の生命形態における最高の完成段階であり、すべてのヨガシステムの最高段階です。 完璧なヨギには8種類の超達成があります。原子よりも小さくなることができ、山よりも大きくなることができ、空気よりも軽くなることができ、どんな金属よりも重くなることができ、望むどんな物質的効果も達成することができます – 例えば、惑星を創造することができます。 主のように他人を制御することができ、宇宙内外のどこにでも自由に旅することができ、自分の死の時と場所を選び、望むところで再生することができます。しかし、主から指示を受ける完成段階に達すると、それは上記の物質的達成の段階以上のものです。 一般的に実践されているヨガシステムの呼吸法は、システムの始まりに過ぎません。超魂への瞑想は一歩前進に過ぎません。素晴らしい物質的成功の達成も一歩前進に過ぎません。しかし、超魂との直接的な接触を達成し、超魂から指示を受けることが最高の完成段階です。 この時代のヨガの呼吸法と瞑想の実践は非常に困難です。5000年前でさえ困難でした。そうでなければ、アルジュナはクリシュナの提案を拒否しなかったでしょう。このカリの時代は堕落の時代と呼ばれています。 現在、一般的に人々は短命で、自己実現や霊的生活の理解が非常に遅く、最も不運です。そのため、誰かが自己実現に少しでも興味を持っていると、多くの詐欺師によって誤導されてしまいます。 ヨガの完璧な段階を実現する唯一の実際の方法は、チャイタニヤ・マハープラブ主が実践したようにバガヴァッド・ギーターの原則に従うことです。これが最もシンプルで最高のヨガ実践の完成です。チャイタニヤ主は、ヴェーダーンタ、シュリーマド・バーガヴァタム、そして多くの重要なプラーナで言及されているクリシュナの聖なる名前を唱えることによって、クリシュナ意識ヨガを実際に示しました。 最大数のインド人がこのヨガの実践に従っており、アメリカでも多くの都市で徐々に広がっています。この時代には非常に簡単で実用的であり、特にヨガの成功に真剣な人々にとってはそうです。この時代には他のプロセスは成功しません。 正しい真剣さでの瞑想プロセスは、サトヤ・ユガの黄金時代に可能でした。なぜなら、その時代の人々は平均して10万年生きていたからです。実践的なヨガで成功したいなら、ハレー・クリシュナ、ハレー・クリシュナ、クリシュナ・クリシュナ、ハレー・ハレーハレー・ラーマ、ハレー・ラーマ、ラーマ・ラーマ、ハレー・ハレーの唱えを始め、自分でどのように進歩しているかを感じてください。自分がヨガの実践でどれだけ進歩しているかを知るべきです。 バガヴァッド・ギーターでは、このクリシュナ意識の実践は、ラージャ・ヴィディヤー(すべての学識の王)、ラージャ・グヒャム(最も機密性の高い霊的実現のシステム)、パヴィトラ(純粋なもののうち最も純粤なもの)、ス・スカム(非常に幸せに実行されるもの)、そしてアヴヤヤム(尽きることのないもの)として描写されています。最も崇高なバクティ・ヨガのシステム、すなわちクリシュナへの超越的な愛における献身奉仕の実践を始めた人々は、その幸せで容易な実行をいかに素晴らしく楽しんでいるかを証言することができます。 ヨガとは感覚を制御することを意味し、バクティ・ヨガとは感覚を浄化することを意味します。感覚が浄化されると、それらは自動的に制御されます。人為的な手段で感覚の活動を止めることはできませんが、感覚を浄化すれば、それらは無価値な関与から遠ざけられるだけでなく、主への超越的な奉仕に積極的に従事するようになります。 クリシュナ意識は、私たちが精神的推測によって作り出したものではありません。それはバガヴァッド・ギーターの教えであり、クリシュナの中で考え、クリシュナの中で唱え、クリシュナの中で生き、クリシュナの中で食べ、クリシュナの中で話し、クリシュナの中で希望を持ち、クリシュナの中で維持するとき、私たちは疑いなくクリシュナのもとに戻ると述べています。そして、これがクリシュナ意識の本質なのです。 今すぐバガヴァッド・ギーター勉強を始めましょう。 無料配送。

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    人は非常に謙虚でなければならない

    ですから、これらの思い上がった人々はクリシュナを理解することはできません。人は非常に謙虚にならなければなりません。キリストもまた、『神の国は謙虚で柔和な者たちのためにある』と言われています。そのことは実は、、、そしてクリシュナもまた言いました、sarva-dharmān parityajya mām ekaṁ śaraṇaṁ vraja (BG 18.66)。「はい、私は何も持っていません、取るに足らない者です。」これこそが、謙虚さの始まりです。Bahūnāṁ janmanām ante jñānavān mām (BG 7.19)。グル、クリシュナの前では常に取るに足らないものであり続けること、これが真の知識です。そして、それは利益なのです。誰かが「私は私のグル以上、クリシュナ以上になった」と考えるなら、その人はお終いです。ですから、人はとても謙虚で柔和になるべきです。制度上、自分がbrahmacārī, gṛhastha, vānaprastha, sannyāsaいづれに位置しているかは問題ではありません。たとえサンニャーサの階級を得た人であっても、彼は常に謙虚でいるべきです。 ですから、私たちは決して「自分はとても偉大な人物になった」と考えるべきではありません。それが私のグル・マハーラージャの教えでした。baḍa vaiṣṇavaとは「私はとても偉大なヴァイシュナヴァです。誰もが来て私の命令に従わなければなりません。」これこそが非難された立場ですね。本当の立場とは、人は非常に謙虚で柔和でなければならないということです。Jñāne prayāsam udapāsya namanta eva. Namantaとは謙虚という意味です。人は… Namanta eva san-mukhari..純粋な献愛者たちから学ぶ心構えがなければなりません。純粋な献愛者たちからの話を非常に待ち望むべきです。それと同じこと、anyābhilāṣitā-śūnyaṁ。クリシュナに仕えること以外に物質界では何の望みも持たない人こそ、純粋な献身者です。ですから、謙虚にそのような人物からの話を聞くのを切望すべきです。 (Srila Prabhupada Lecture, Mayapur, February 10, 1976)

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    本メモ:主バガヴァーンクリシュナ第一巻第六章

     純粋な献身者は、溢れるばかりの愛情でクリシュナに常に奉仕しています。クリシュナがバガヴァーンで、全ての生きとし生けるもののスーパーソウルでいらっしゃるからです。これまでのことからも理解出来るように、主にごくわずかの奉仕をするだけでも超越的な恩恵が計り知れないほど与えられるのです。     このことはバガヴァッド・ギーターで「svalpam apy asya dharmasya」と説明されています。クリシュナ意識で献身奉仕を行うことはとても崇高なことなので、意図的であっても無意識的であっても、ごくわずかの奉仕をする人には最高の恩恵が与えられるのです。    クリシュナを崇拝するために木の花を捧げるだけでも、その木という体の中にいる生命体にも恩恵がもたらされます。花や果実がクリシュナに捧げられると、その花や果実を生んだ植物も間接的に大きな恩恵が得られるのです。このように、クリシュナを崇拝するアルチャナーの方法は全ての生命体に恩恵をもたらします。 クリシュナを崇拝するために木の花を捧げるだけでも、その木という体の中にいる生命体にも恩恵がもたらされます。花や果実がクリシュナに捧げられると、その花や果実を生んだ植物も間接的に大きな恩恵が得られるのです。 このように、クリシュナを崇拝するアルチャナーの方法は全ての生命体に恩恵をもたらします。

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    バガヴァッド・ギーターあるがままの詩|案内

    至高人格神クリシュナがこの不滅のヨーガの科学を太陽神ヴィヴァスヴァーンに教え、ヴィヴァスヴァーンは人類の父親マヌに教えた。そしてマヌは次にイクシュヴァークに教えた。『バガヴァッド・ギーター』が語られたのは概算で1億2,040万年前、そして人間社会には200万年現存していることになります。そしてふたたび、5,000年前に主はアルジュナに語りました。 5,000年前にこの地上の惑星にお現れになったクリシュナは、『バガヴァッド・ギーター』という形で、クリシュナ意識のユニークな哲学と宗教原理をお授けになりました。 主が『バガヴァッド・ギーター』の教えをこの世に残したのは、ただアルジュナのためだけではなく、あらゆる時代や場所の人々のためでもありました。『バガヴァッド・ギーター』は最高人格主神によって語られたものですから、ヴェーダの知恵の真髄です。ウパニシャッド、プラーナ、『ヴェーダンタ・スートラ』など、厖大なヴェーダ経典を研究する時間のほとんどない人々すべてのために、主自身によってじつに巧みに説かれました。 クルクシェートラの戦場でアルジュナの心に湧きおこった問題は、『バガヴァ ッド・ギーター』の教えによって解消されました。『バガヴァッド・ギー ター』が、あらゆる心の苦しみを慰めてくれるだけではなく、人を苦しめる危機的状況という厳しい束縛から抜けだす方法さえ含む、どのような苦境にあっても頼ることのできる知識であることを、興味を持つ人々すべてに伝えられているのです。慈悲深い主は、『バガヴァッド・ギーター』というすばらしい教えを私たちに残しましたが、それは、物質的な目しか持たないために主を見ることのできない私たちが主の教えを授かるように、という配慮だったのです。物質的な感覚では至高主の偉大さを理解することはできませんが、主は想像を絶する力を使い、主の具現されたエネルギーの別の姿でもある物質の代理をとおして、適切な方法で、条件づけられた魂の知覚力に合わせて化身として現われます。したがって、『バガヴァッド・ギーター』にしても、また真正な経典における主を表すあらゆる言葉の響きも、主の化身と言えます。主を表す言葉の響きと主自身に違いはありません。私たちは、アルジュナが主とじかに接触して得た同じ恩恵を『バガヴァッド・ギーター』から得られるのです。物質存在の束縛から解放されることを望んでいる忠実な人は、『バガヴァッド・ギーター』の恩恵を容易に受けとることができますから、主はその考えにもとづき、あたかもアルジ ュナが必要としていたかのように教えを授けました。『バガヴァッド・ギーター』には、5種類の重要な知識が描写されています。それは(1)至高主、(2)生命体、(3)自然、(4)時と空間、そして(5)活動の過程です。 引用:シュリーマド・バーガヴァタム解説(第1篇・第15章・第27節) もし私達が幸運にも、バガヴァッド・ギーターの中で主クリシュナから与えられた教えを受けられれば、私達の人生は直ちに成功に導かれます。人間社会に対して、主クリシュナほど優れた指示を与えられる方はいません。 師弟継承の流れをとおして、そして個人的な動機による解釈をせずに『バガヴァッド・ギーター』を理解した幸運な人は、ヴェーダ知識をすべて研究しつくし、世界中の経典すべてを凌ぐほどの知恵を習得したことになります。読者は、『バガヴァッド・ギーター』のなかに世界中の経典に含まれている知識をすべて見いだし、どこにも見られない知識をも見いだすことでしょう。それが『バガヴァッド・ギーター』ならではの特有の基準なのです。最高人格主神、主シュリー・クリシュナが自ら語ったからこそ、完璧な有神論の科学なのです。 主クリシュナは、無知な人の嘆きを取りさることができる方ですから、そのために『バガヴァッド・ギーター』を説きました。最高権威者である主シュリー・クリシュナによって説明されているように、物質の体と精神的な魂を分析研究することで読者を自己の悟りに導いています。この悟りは、活動の結果に執着せずに行動し、真の自己について確かな理解を得たときに達成できます。『バガヴァッド・ギーター』が宣言する原則に従えば、人生を完成させ、人生のすべての問題の解決策を手にいれることができます。『バガヴァッド・ギーター』の教えに正しく従えば、現世でのあらゆる苦痛や不安から解放され、来世で精神的な姿を得ることができます。 献愛者を求め、献愛者と交流できる幸運に恵まれた人は、ほんとうに『バガヴァッド・ギーター』の研究を始め、そして理解することができます。献愛者との交流をとおして精神生活を高めることで献愛奉仕の生活に立脚し、そしてその奉仕が、クリシュナ、神、クリシュナの活動・姿・娯楽・名前などにまつわる疑いを晴らしてくれます。疑問がすべて洗いながされれば、着実にヴェーダの研究ができるようになります。そして『バガヴァッド・ギーター』を研究することに喜びを感じ、いつもクリシュナ意識にいることを自覚できる境地に到達します。精神生活をきわめたとき、クリシュナへの愛情を忘れることはありません。これが最高の献愛奉仕の境地であり、その境地に入った献愛者は、精神界・ゴーローカ・ヴリンダーヴァナのクリシュナの住居に、そしていつまでも幸せに生きられる世界に辿りつくのです。 クリシュナの超越的な活動を聞いているかぎり、私たちは物質存在の条件づけられた生活から離れていることができます。主クリシュナにまつわる主題は、話す人、聞く人、尋ねる人の心を清めてくれます。それらは、主クリシュナの御足先から流れだしているガンジス川にたとえられます。ガンジス川がどこを流れようと、その場所を、そしてその水で沐浴する人を清めます。同じように、クリシュナ・カター、クリシュナの話題はとても純粋ですから、どこで語られても、その場所、聞く人、尋ねる人、 話す人など、かかわるものすべてが浄化されます。 『バガヴァッド・ギーター』は、幾度となく読んだり聞いたりしても、それでもなお大きな喜びが与えられるため、『バガヴァッド・ギーター』を読めば読むほど、それを読んで理解したいという欲求が湧き、そのたびに新たな悟りを得ることができるのです。それが超越的メッセージの特質です。 バガヴァッド・ギーター勉強会 毎日バガヴァッド・ギーター(クラブハウスにてオンライン)- 毎日18:00時 もっと見る ー https://harekrishna.jp/2022/11/bhagvadgitastudy.html バガヴァッドギーター本注文